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ルクリア シャルロッテ

いにしえも薄紅(うすくれない)の頬(ほお)を恋い異国の路に乳母車押す
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by blue-lulubul | 2016-09-21 14:11 | 紅・赤・朱

有終の美

風吹けばくずれゆく主義 師の影が夏の真中にくさび打ちゆく
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高崎短歌研究会が2016年9月17日(土)でおしまいになりました。
by blue-lulubul | 2016-09-18 20:03

パレオパラドキシア

発生は魚の証を脳内にとどめてわれはホモサピエンス(llubul)

太古の時代には群馬県吉井は、海辺だったそうです。今ではお目にかかれないこの写真のようなカバにそっくりなパレオパレドキシアという動物がいたのだそうです。歯は石臼のように平べったくて、餌さを摺るようにして食べていたということです。
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by blue-lulubul | 2016-09-12 20:45
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 三番
    左 
                    院百首 初度
 うちわたす遠方人(をちかたびと)はこたえねどにほひぞなのる野べの梅が枝
    右                    三宮十五首
 飛鳥河(あすかがは)遠き梅が枝にほふ夜はいたづらにやは春風の吹(ふく)
 
 左の歌は、(ずっと見渡すはるか遠くにいる人は答えてくれないけれど、匂いが自らを名乗っているのは野に咲く白い梅の枝である)
 この歌には本歌がある。「うちわたす遠かた人にもの申す われそのそこに白く咲けるは何の花ぞも」(古今集・雑体歌・読み人しらず)
 本歌の中に「白く咲く」という言葉があるので、新しい歌には敢えて「白い」と言ってなくても、そのように訳すべきであろう。
この本歌の面白いところは、すでにこの時代に空白や句またがりや破調という、今われわれが習っている修辞法を駆使してあるということである。読み人しらずであるが、醍醐天皇の命を受け、紀貫之らが撰者となっているので、この形式を承諾していることになる。
 右の歌は、(遠い飛鳥河の流れる里に梅の枝の花が匂う夜は、春風も役に立たないだろうか?いやそんなことはない。春風はふくいくとした香りを運んできている。)
 「やは」という反語を使って梅の香りにアクションを起こしている。
 この歌にも本歌がある。「采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く」(万葉集一・志貴の皇子)
 左の歌を「勝」としたのは、遠方ではあるが見える範囲なら香りも届くであろうという納得性を重視したからか。

by blue-lulubul | 2016-09-11 17:11 | 時緒翔子作

透かし百合

短歌誌を読み返しおり過ぎし日の思い違いが肺腑にたまる
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by blue-lulubul | 2016-09-10 17:22 |
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 一番
    左           仁和寺五十首
 おほぞらは梅のにほひに霞つつくもりもはてぬ春の夜の月
    右            院 五十首
 心あてにわくともわかじ梅の花散(ちり)かふ里の春の淡雪
 
 左の歌は、(大空は梅の香りで霞ながらすっかり曇ってしまった。そんな香りの中に浮かぶ春の月だなあ)
 右の歌は、(なんのわけも目当てもないままに見分けようとしても、見分けられないでしょう。梅の花が散り乱れている里に散り交じる春の淡雪は。)
 この歌の本歌は有名な百人一首の中の「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどわせる白菊の花(凡河内躬恒)である。虚構によって美を強調し、本質を描きだす修辞法である。

by blue-lulubul | 2016-09-05 12:59 | 時緒翔子作