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 歌合の前に漢文で次の但し書きがある。 
 「一二一六年二月(定家五十五歳の春)数年あたためてきた愚詠(自作の詩歌の謙譲語)二百首を選び出し締めくくった。翌一二一七年六月、此の番を破って更にこれを少々改めた。(この改定定本は、現存しているという。)一二一九年天皇(順徳天皇)にひそかにご覧に入れ可否の判定をお願いした。」

 一番
    左 持(持ち合い)      最勝四天王院障子
 春日野にさくや梅が枝雪まより今は春べと若菜つみつつ
    右            千五百番歌合
 消なくに又やみ山をうづむらん若菜つむ野も淡雪ぞ降
 
 左の歌は、(春日野では梅の枝に花がさいているよ。人々は白い雪の間より萌え出た若菜を摘みながら…今はもう春なのだと…)
 右の歌は(まだ雪は消えていないのに、またも雪は深山をうめているのであろう。若菜を摘んでいるここ都の野辺にも淡雪が降っている)
 左右どちらの歌も、後鳥羽院に詠進(詩歌を詠んで朝廷や神社に献上すること。)した歌である。
 「持」とは、(力関係のつり合いがたもたれていること。両歌引き分けということである。) 

by blue-lulubul | 2016-08-20 15:55 | 時緒翔子作
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 『定家卿百番自歌合』は藤原定家が、自分の短歌の二百首を自ら撰んで百番の歌合せに仕立てて組み合わせ、さらに優劣をつけた書である。
 春十四番・夏七番・秋十九番・冬十b番・恋三十番・雑二十番から成る。
 「自家合」「百番」という形式のもとで、二十歳の折の「初学百首から七十一歳の「関白左大臣家百首」に至る、生涯の詠歌を選称した詞歌撰(詩を選んで集めたもの)と称して良い。
 健保四(一二一六)年に撰歌・結番、第一次の成立がなった。
 その後、同五年に改訂し、同七年には天覧(天皇がご覧になること。)勅判(勅命により可と決められること。)を得る。
 のちに貞永元(一二三二)年頃に一部を差し替え、補った。
 採録された歌々は『定家八代抄』所収の自歌や『新古今和歌集』『新勅撰集』入集歌と多く重なる。
 定家は自己の詠作の歴史を健保期に確認して、晩年の貞永頃に改めて顧みたことになる。
 しかし、単に既存の詠草を寄せ集めるのでなく、自詠の精華を素材として、一つのテキストを再構成するという意図も働いていたに違いない。
 ※『新編国家大観。歌合編』 川平ひとし校注参照。

by blue-lulubul | 2016-08-19 16:16 | 時緒翔子作

錯覚の日々

幸せと思っておりし期の友と錯覚のままに再会果たす
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by blue-lulubul | 2016-08-01 20:35