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カテゴリ:短歌作品批評( 3 )

短歌作品批評Ⅲ

病む母の寝息立てるを見定めて妖しくゆれる桜に逢いに(lulubul)

短歌一首評 lulubul

音の無き病院の廊下を歩みゆく足裏に生き物きているような (isikawahiro)

 揺らぎのある詩情を詠うのに適した三句切れの歌であるが、内容は重い。
 先ず、二句までの「音の無き病院の廊下」とは、消灯時間を過ぎて患者達の寝静まった病院内の廊下であろう。作者はそこを静かに歩んでいる。すると、自分の密かな足音でも、いやに大きく響いて感じられるのだ。だから、なお一層注意して歩く。すると、何だか粘っこいものがくっついたような足音になる。そのような現象を作者は「足の裏になにかの生き物がきているようだと」感じたのである。   
作者のこの感覚が、詩人としての特質なのである。   
病を治すことを第一義とするはずの病院であるが、常に付きまとう「死」を思うときこの下の句は、不気味さを増す。
作者の命への凝視を感じさせる一首である。


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by blue-lulubul | 2016-04-15 10:24 | 短歌作品批評

短歌作品批評Ⅱ

手に余るもの振り落とし春宵(しゅんしょう)の地の花影に躓(つまず)きており(lulubul)


短歌一首評  lulubu


*利き腕に予算書を抱え議事場の段につまずく利き足の影(imaigorou)


 句切れの無い歌である。それは、短い時間の動作を掬い挙げた内容にマッチしていると言えるであろう。
 作者は、採決のための予算書を抱えて壇上の正面まで進んでいる。
 ところが、演壇の僅かな段差に躓いてしまつたと言う構図である。
 ここで、見逃せないのは初句の「利き腕」である。この歌には、会議の前か後かの提示がない。
 しかし、よく働き、力の出せる(利き腕)で抱えることによって、能動的なイメージが加わり、議決に持ち込もうとする意気込みが伝わるのである。ゆえに、「利き腕」は、この歌にとって必要欠くべからざる語句となる。
 もう一つ、結句の「利き足の影」の措辞だが、初句と類似の対応をしている。ここも、(力の出せる方)の足にしたことで、先に書いた要素が加わることになる。
 ただ、躓いた自分を「影」としたことで、己を俯瞰している客観性が表出され、軽妙なおかしみの味わいが出た。他者の必死さは、不謹慎だが快い笑いを誘い、歌にも深い味わいが醸し出された。
 読者を謎解きのように引き付ける佳作である。


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by blue-lulubul | 2016-04-12 11:19 | 短歌作品批評

短歌作品批評

わが短歌(うた)にも光当てたきとおもいつつ友の作品の批評しており
(lulubul)
 
短歌一首評  lulubul

*彼の岸に渡せし板より谷底へ落ちゆくわれの影を観ている(isikawahiro)

 句切れの無い歌である。ゆえに一首がなだらかで、静かなリズムを持っている。

 読み終わった後に現実の界とは異なった不思議な雰囲気を感じさせるのは、「谷底へ落ちゆくわれの影」というフレーズから来るものと思われる。現実にある作者自身の影が、谷底に落ちてゆくのを観ているという、現実にはあり得ない現象の抽象化が、大きく作用しているのである。

「彼の岸」とは、現実の向こう岸であり、またあの世のことでもある。しかも、その場所へ渡す橋が、いかにも危なっかしい「板である」というのだ。(もしかしたら落ちるかもしれない。)と言う思いを抱かせるには充分である。

そこで、作者は一気に影を谷底へ落としてしまうのである。落ちてゆくのは作者自身の影なのである。そこに、現実とはややニュアンスの違った迫真性が現れる。

さて、ここで作者は何を言いたいのであろうか。いつ何がおこるか分からない日々の中で、向こう岸にはあるかもしれない、希望とまでは言えないが、(安らぎのようなもの)を手に入れるためには、危ない橋を渡らねばならない。そして、作者の心は辿り着けないまま、影となって落ちてしまうのである。「影は作者自身の負の部分」と捉えても良いであろう。

 負の部分を落としてしまえば、向こう岸に在るものを手に入れられるかもしれないという思いも抱かせて一首を読み終わらせる。

 もう一つ、結句で一ひねりしてある。それは、「現実の作者」が「落ちゆく影を観ている」という設定である。例えば、共に橋を渡っている他者の影とも捉えられるが、それは少し不自然である。では、落ちて行った影は何か?それは、先にも言ったように「作者自身の心象の影」に違いないのだ。

作者はもう一人の自分を俯瞰しているのである。

創作に必要な事故を冷静に見つめる姿勢がここにある。

心踊らされた一首であった。 2016年2月15日 

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by blue-lulubul | 2016-02-15 17:38 | 短歌作品批評